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「転倒させたくない、でも身体拘束は控えないと・・・」というジレンマに陥っている医療従事者の方が多いのではないでしょうか。そんな困りごとのヒントをいただくために今回は田中和美先生にご講演いただきました。
この記事では、その内容をわかりやすく解説していきますので、ぜひご覧ください。
身体的拘束廃止の歴史と医療安全

ここからは、身体拘束廃止の背景と医療安全について解説していきます。
身体的拘束廃止の考え方
医療現場では、「身体拘束最小化」VS「転倒予防」のような構図でたびたび議論されてきたのではないかと思います。
例えば、「転んだら危ない」「命に関わる」「何かあったら責任取れない」と思っている職員は身体拘束最小化に対し消極的になり、「尊厳を守りたい」「ADLを改善したい」という想いが強い職員は患者の行動を制限するような転倒予防はしたくないと考えます。
また、身体的拘束を最小化する取り組みの強化(入院料通則の改定)により、その狭間で大変な思いをしている管理者様もいるのではないでしょうか。
身体的拘束廃止についての声は、最近だけでなく昔から挙がっていました。
2001年には厚生労働省にて身体拘束ゼロの手引きが配信されていますし、2024年の3月には身体拘束廃止・防止の手引きには身体拘束廃止に関わる最新の手引きが記載されています。
また、WHOから出されているのは、世界患者安全行動計画です。
2021-2030年の患者安全行動計画としており、医療者個人や医療機関、教育機関や国といったさまざまなレベルでの行動目標に言及し、さらに7つの枠組みとそれぞれに対する具体的な内容を記載しています。
医療安全とは
医療安全とは、医療事故による傷害がない状態を指します。
医療に関わる誰もが意識する必要があるものです。
それは医療従事者だけでなく、患者や家族も含めて全員です。
また、患者安全とは、医療に関連した不必要な害のリスクを許容可能な最小限の水準まで減らす行為を定義としています。
医療安全のはじまり
20世紀の医学進歩の過程で医療の知識・技術向上は健康増進、患者アウトカム改善につながると信じてきました。
しかし、21世紀にますます医学が進歩すると実は医療は複雑で基礎・臨床医学の成果を現場につなげるには新たな科学が必要なのではないかと気づきはじめたのです。
そこで医療安全が重要なポイントとして認識されるようになりました。
また、以前は医療安全といえば、危険管理(リスクマネジメント)が中心でいかに医療事故を減らし病院への損失を減らすかが重要とされていました。
しかし、最近では、危機管理から質を確保すれば安全を確保しやすくなるとして安全管理・質管理へともっと広い意味で医療安全が認識されるようになりました。
医療の質
医療の質とは、「個人・集団がうけている医療が現在の医学で実現することが十分可能な健康アウトカムをどの程度達成できているかの程度」のことをいいます。
医療の質を構成する6領域は、次のとおりです。
- ・安全
- ・適時
- ・有功
- ・効率的
- ・公平
- ・患者中心志向
医療の質を考えるときは、この6領域が満たせているかに視点を持つとよいでしょう。
患者中心のケアとは
患者中心の医療とは、個々の患者の意思、ニーズ、価値観を尊重し、患者の要望に応える医療を提供し、同時に全ての臨床方針は患者の価値観を尊重して決定することであるとされています。
治療選択にあたっては医学成績だけでなく、患者の価値観・希望を尊重しますが、「患者の希望することにすべて応える」ことではありません。
医療の現場においてはCure(キュア)だけではなく、Care(ケア)という言葉も用います。
Cure(キュア)には、治療する、癒すという意味があり、Care(ケア)は大切に思う、関心がある、世話をするという意味を持ちます。
ケアという意味合いからも大切なのは治療そのものだけでなく、配慮や大切に思うことであることがわかります。
患者中心の医療と患者参画・患者参加型医療
患者・家族参画は、患者や家族、その代表者、医療専門家が健康と医療を改善するために、医療システム全体のさまざまなレベルで積極的に協働することを定義としています。
患者参加型医療の具体例は次のとおりです。
| 患者参加型医療の具体例 | |
| 自分の診療・ケアに参加 | 自分の疾病や治療について学習(電子カルテ閲覧も含む)各種カンファレンスに参加検査、投薬に間違いがないか一緒に確認する医療者とともに治療法選択を決定する |
| 病院運営 | 各種病院委員会への参加患者体験に基づき他の患者への助言・支援説明同意文章、患者教育資料の作成支援ご意見箱の投書から優先課題を選定 |
| 医療政策 | 公聴会への参加行政の審議会・委員会に患者の立場から参加研究費助成基金の委員として研究を評価研究グループの一員として研究計画・実施に参加専門雑誌の査読者の一員となる |
患者中心の医療を実現するための一つの戦略が患者参画となります。
人間特性を踏まえた医療アプロ―チ

ここからは人間の特性を踏まえたうえですべき医療アプローチについて解説していきます。
医療事故とは?
医療において遭遇するすべての危険な事象(インシデント)の中に、エラーや有害事象(医療事故・アクシデント)があります。
有害事象は、予防可能と予防不可能なものにわかれます。
エラーが原因での有害事象は予防可能であるパターンが多いです。
他、過失による有害事象(医療過誤)のものもあります。
医療事故の定義は、医療を通じて発生したかんじゃの有害な事象をいい、管理者が予期しなかった死亡、かつ医療に起因、または起因すると疑われる死亡または死産になります。
【主な医療事故(有害事象)】
医療品有害事象、不適切な輸血、外科処置・手術関連傷害、手術部位の間違い、自殺(医療機関内)、身体拘束による傷害、転倒・転落、熱傷、褥瘡、患者誤認
そして、重篤な医療事故の根本原因は、リーダーシップやコミュニケーション、アセスメント(時期、対象範囲)などのノンテクニカルスキルやヒューマンファクターが多い傾向にあります。
ヒューマンファクターを踏まえた医療アプローチ
ヒューマンファクターは、人間の行動特性のことを指します。
人間は以下の行動をしてしまう特性があります。
- ・錯覚:見間違える
- ・不注意:うっかりする、見落とす
- ・近道行動:意図的な場合と意図せず行う場合がある
- ・省略行動:急いでいるときや面倒なときに本来やらなければならないことを省略する
上記の特性により、ヒューマンエラーが起こることがあります。
その特性を踏まえ、医療安全のアプローチは、以下大きく2つにわかれます。
| Person approach | System approach |
| 個人に注目 | 人が働く状況に注目 |
| 忘れ、注意散漫、不注意、出来の悪さを非難 | エラーや生産性不良を防いだり、悪影響を軽減する方法を構築 |
| 方法:懲罰、脅し、再教育、非難と恥 | 方法:よりよいシステムを構築 |
| 対象:個人 | 対象:システム(チーム、タスク、職場環境、組織) |
上記のPerson approachは個人に注目し、非難や脅しのような教育をすることで事故の再発防止を図ります。
一見緊張感を与え再発防止につながるような気がするかもしれませんが、非難と恥で抑圧した結果、事故を隠すようになり再発防止にはつながりません。
一方でSystem approachは、人が働く状況に注目し、エラーや生産性不良を防いだり、悪影響を軽減する方法を構築します。
システムを構築し、よりよい職場環境を整えていくことが医療安全につながるアプローチとしては有功です。
インシデントレポートの背景・要因の考え方
WHO患者完全カリキュラムガイド トピック5には、エラーに学び患者を害から守ると記載されています。
エラーの本質と医療上のエラーから学んで患者安全を改善する方法を理解し、エラーから学ぶ方法を知っておくことや有害事象の分析に参加すること、エラーを減らすための戦略を実践することが大切です。
上記の検証や実践のために医療現場では、インシデントレポートを記載しているでしょう。
しかし、医療現場のインシデントレポートは、しばしば背景要因に自分がうっかりしていた等、個人起因としての記載をすることがあります。
本来はシステムアプローチの視点で考えられる背景や要因、改善策を考えていくことが大切です。
臨床インシデントのシステム分析:ロンドン・プロトコル2024では、寄与要因は、8つの安全水準より仮定できるとされています。
8つの安全水準とは次のとおりです。
| 患者要因 | 疾患(複雑さと重篤さ)言語とコミュニケーションパーソナリティと社会的要因 |
| 個人(スタッフ)要因 | 知識と技術コンピテンシー身体的および精神的健康プロフェッショナルな価値観と精度 |
| 業務 | 業務のデザインと構造の明確化プロトコルの入手可能性と利用センサ結果の入手可能性と精度 |
| チーム要因 | 口頭・書面でのコミュニケーション監督と助けを求める事チーム構造状況認識と認識の共有相互的な支援 |
| 労働環境要因 | 人員充足度と技術の構成業務量とシフトパターン機器・設備の設計、利用可能性、保守経営層や管理層からの支援物理的環境日程の遅れ |
| 電子情報システムとテクノロジー | ハードウエアソフトウエア診療内容と意思決定支援ヒューマン・デバイスインターフェースワークフローへの統合データ保護 |
| 組織・管理・文化要因 | 財政的な資源と制約組織構造研修と教育政策、標準、目標組織文化、安全文化、優先順位 |
| 施設状況要因 | 経済面および規制面の状況医療政策国および地域の政治環境外部組織とのつながり |
インシデントレポートの背景・要因を考えるときは、上記の8つの視点を持つとより高い解像度で仮説が立てられるでしょう。
医療チームのあり方
医療現場には、身体的拘束最小化チームや転倒・転落予防チームなどさまざまなチームが存在します。
患者に直接ケアをするコアチームやその調整チーム、管理部門だけでなく、他院や薬局、家族・介護者などさまざまな人が関わって患者を支えます。
しかし、さまざまな方向から多職種が関わることで、意見が衝突することもあります。
そんなときには、整理したうえで議論が進めやすい「推論のはしご」という考え方を意識することがおすすめです。
推論のはしご
推論のはしごとは、クリス・アージリスが提唱した人間の意思決定の段階のことをいいます。
具体的には、以下の表の下から順に、観察→データ選択→意味づけ→仮定→結論→信念・価値観→行動といったように段階を踏んで進みます。
| 行動 | 信念に基づき行動 |
| 信念・価値観 | 自分の下した結論に基づき信念を構築 |
| 結論 | 自分の仮定に基づき結論を下す |
| 仮定 | 自分の下した意味づけに基づき仮定を作る |
| 意味づけ | 選んだ事実に自分なりの意味を与える。 |
| データ選択 | 自分が選択したデータに意味づけする |
| 観察 | さまざまな事象の中から選んだものを観察する |
人間は意思決定するとき、はしごをのぼるように観察から段階を踏んで、最後行動にうつすといわれています。
しかし、医療現場では、慣れや忙しさからはしごの一段飛ばしをやりがちなのです。
例えば、ひと目みたデータより仮定を作り行動してしまうケースがそれにあたります。
身体拘束最小化と転倒予防で議論がわれたときなどは、はしごの段階を意識して建設的な話し合いが可能になります。
また、議論の際には患者や家族の視点を入れることが大切です。
議論は対立のために実施するわけではないことを忘れてはいけません。
世界患者安全行動計画のビジョンは、医療において誰一人として害を被ることがなく、すべての患者が、いるでも、どこでも、安全で敬意にあふれたケアを受けられる世界としています。
医療安全全体のビジョンとして、少し身体的拘束廃止のビジョンと似ていることがわかります。
医療安全文化の醸成
文化とは「ここでみんながいつもしていること」を指します。
そのうえで、医療安全文化とは、「医療に従事する全ての職員が患者の安全を最優先に考え、その実現を目指す態度や考え方およびそれを可能にする組織のあり方」となります。
つまり、同じビジョンを持つ職員が連携しながら組織環境を整えて、患者中心の医療の実現を目指していくことが大切です。
まとめ

今回は、医療安全の視点から考える、身体拘束最小化と転倒予防についてお話ししていただきました。
医療安全とは、「なんとかして事故をゼロにすること」ではありません。
「リスクを最小化し、患者の尊厳と安全を両立させる文化を育むこと」が本質です。
また、医療安全を考えるうえで、組織環境を整える視点は大切になります。
患者中心のケアを目指し、現場の職員同士でも建設的な議論ができるよう、ぜひ今回の記事を参考にしてみてください。
なお、株式会社Magic Shieldsでは、今後もさまざまなウェビナーを開催していきます。
今回のウェビナーついて、もっと詳しく知りたい方はアーカイブ動画もご覧ください。